よこさん69歳の日記

温かなコミュニティを育て、コミュニティが繋がることで世界を平和に❣️

高校生・大学生と出会った❣️

50歳も年が離れた高校生・大学生と出会ってしまった

 

大学生は北星学園大学、環境ゼミに所属している5名

 

高校生は 札幌市立藻岩高校の生徒たちと

立命館慶祥高校の生徒

 

前向きで素直で 感じが良く聡明な、素晴らしい学生たち 

こんなふうに 育てたご両親 大尊敬します🤗

 

実は よこさん 50年前に 北星学園大学 文学部 社会福祉学科を3ヶ月で中退した過去がある

 

札幌西校時代に やけっぱちになって すっかりやる気を無くしてしまった過去も!

 

ただ 私の家族は そんな私を決してせかさず 温かく見守ってくれた

 

今、充実した気分で ご機嫌に

日々生きているのは そんな家族と、その後出会った大人たちのおかげです

 

人生 誰と出会って 何を感じて 何を選び、どう生きるかで 現実は どんどん変化していく

 

そして、学生たちと 中退後50年後に出会うというとても不思議なことまで起きた

 

これぞまさしく奇跡

 

私の話を聞きに来て(ペットボトル国内完全循環の件)、誠実に向き合ってくれ、なんと一緒に取り組むことになった高校生と大学生❣️

 

実は 2018年に ある高校生と出会ったことから 若い世代の、アンテナが錆びていない高校生や大学生と一緒に プロジェクトがやりたいと 漠然と思ってきた

 

なぜかと言うと 私の今に繋がる原点が 高校生の時のベトナム戦争体験(メディアで報道されたニュースや 映画での情報)だったから

 

平和な世界を真剣に願ったから

 

若いということは 未来に対して 絶望せず

変革のエネルギーを秘めていると思います

 

それ以上でもそれ以下でもなく…

 

当時の私が 社会をより良くしたいと思っても無力でなす術なく 引きこもってしまったから

特に 若者に期待するのかもしれない

 

あの当時の自分と いま目の前の高校生や大学生と 時を超えて出会っている感がある

 

一緒に、社会をより良く変えていける気がする

 

そんなことを思わせてくれる高校生や大学生が 何を感じて どうしようともがいているかを まず身近に感じることが大切かな

 

そして あまり出過ぎず、押しつけず 一緒に活動していきたいと思っています

 

もちろん あなたも一緒に…

世界を変える、意味のある良きことに

関わる幸せを 一緒に経験していきましょうよ

 

身近なペットボトルから…

 

Let's  BRING❣️

 

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ペットボトルの未来・子どもたちの未来

気候変動、温暖化にこそ 「緊急事態宣言を!」

 

・気候変動とウィルス蔓延は大きな関連がある

・気候変動はこの十年が 正念場

・差し迫る地球温暖化

 

地球🌏課題を解決するには
私たちが 日々使うもの〜ペットボトルなどのプラスチック、洋服などを「捨てない・燃やさない生活」への意識変容・行動変容が 大切だと考えます

 

「環境に楽しいを」の考え方で 「あらゆるものを循環させる」をテーマに地球環境課題を解決し、かつ経済を両立させる循環型社会のために活動し続けてきた日本環境設計の岩元会長と高尾社長

 

世界で起きる戦争の7割が 石油などの地下資源争奪戦争

 

「そんな戦争を止めるのは 金でも武器でもなく循環型社会だ」と 世界中に 発信し続けている日本環境設計

 

こんな素敵な大人たちが   日本にいたことに5年前に感動し、共感し、勝手に応援団をつくって

北海道にいつか工場をと 行動し続けてきました

ペットボトルを分子分解して 再結合し、石油を使わずにバージンと同じペットボトルの材料を世界で初めて成功させ実用化させた日本環境のBRINGボトルをご存知でしょうか?

 

私たちの生活にとても身近で 92%も回収されているペットボトル

 

しかし ボトルからボトルへリサイクルされるのは たった12%です

 

貴重なプラスチック(それも良質な)資源の半分近くが海外へ

 

国内のペットボトルは 今のところ再利用されても1回〜3回が 限度です

 

例えば札幌市では 回収されたペットボトルは 卵パックや食品トレイにリサイクルされますが 1回リサイクルされたあとは 燃やされます

 

そんな状況をケミカルリサイクル(分子レベルでのリサイクル)という
世界唯一の技術で 何回も何万回も永遠にリサイクルできるペットボトルの材料をつくる川崎のペットリファインテクノロジーという工場見学に 先日行って来ました

 

2016年から たびたび 講演会やイベントで ご紹介してきた岩元美智彦会長率いる 日本環境設計の100%子会社です

 

実際目にして 本当に感動しました
そして大きな希望を感じました

本気の大人が こんなにいる❣️

 

ペットボトルだけじゃなく古着など燃えるもの一切は 地上資源と言い続け 証明してくれた岩元会長❣️

 

「環境にワクワクを」と 映画「バックツーザフユーチャー」のデロリアン を、集めた古着からエタノールにして 本当にゴミで車を走らせた岩元会長と高尾社長

 

東京ドームほどの工場から 今毎日

まっさらなペットボトルの材料 ペレットが100t 出荷されています  

 

私たちは仲間とともに、「この工場をいつか北海道に」と5年間活動してきましたが 思いをさらに強くして 帰ってきました

 

子どもたちの未来のため、素晴らしい北海道の自然環境を残すため、私たちが 行動変容を起こし脱炭素社会・循環型社会を築いていくこと

 

その第一歩として「ペットボトル国内完全循環・ボトルtoボトル」に一緒に取り組んでみませんか?

 

そのための秘密の作戦は たくさん考えました(笑)

 

7月からは 毎週水曜夜19:00-20:00に
「ペットボトルの未来・子どもたちの未来」と題したお話会をZOOM開催することにします

 

待ったなしの地球🌏に少しでも一緒に恩返しをしませんか?

 

応援してくださいね💝

 

本気の大人が1万人もいれば 世界を変えることは可能だと信じています

 

そのために「1万人の船プロジェクト」も同時に始めます

 

 

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地球🌏77億家族のために私たちが できること〜7世代先の子どもたちのために

「寛容な心」と「何でも許す心」

「寛容な心」と「何でも許す心」は 違うと思いませんか?

 

「深く傷ついた心の体験」を聞いて思いました

 

言葉は 時々鋭利な刃物のように
人の心を傷つけます

 

私だって 大昔(10代の頃)
大人の無遠慮な会話に心痛めて
バスを降りた経験や 人の心に土足で踏み込む悪意のない(つもりの、むしろ良かれと思っての)詮索に 辟易して しょっ中 引きこもっていた経験があります

 

信じられないかもしれませんが ガラス細工のような繊細な心の時代がありました

 

すっかりそんなことは克服して、というかそんなことでは 人とコミュニケーションがとれないので、今は毎日ご機嫌に生きています


でも、そういった微妙な出来事(今では ハラスメント的なこと?)を 受け続けている人たちのことが とても気になるし お互いをもっともっと尊重し合える社会を…と 日々感じています

 

だからこそ 新しいコミュニティの在り方を模索し続けてもきました

 

日本の特徴のような 同調圧力
長い物には巻かれろ的風潮には 
未だに 大いに 違和感を感じます

 

そろそろ そういうことを解決して

もっともっと 多くの人にとって息苦しくなく

本当の多様性を認め合う世界をつくりましょうよ

 

方法は いくらでもあります、きっと❣️

 

ただアインシュタインの名言

「どんな問題も、それを作り出したときの意識レベルでは解決できない」ので

そこをどう乗り越えていくか 今大事な大事なときなのだと思います

 

SDGsの「ジェンダー平等を実現しよう」が先進国で最低レベルだということの認識からまずはスタートかな…

 

そのためには 月並みかもしれませんが、「ジェンダー平等意識の高い」女性管理職や 政治家が もっともっと必要かと思います

 

自分自身の備忘録とした書きました

 

写真は 先日の気持ちの良いお天気の日

気持ちの良い「千歳ありがとうファーム」さん

での ひとときです

 

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対話から生まれる愛〜SDGsに思うこと

17歳の時  世界になぜ戦争という  愚かなものがあるのか  疑問を感じてから約50年、世界と宇宙の謎解きをしながら生きてきました。

 


それ以外のことに あまり真剣になれなかったとも言えます。

 


たくさんの小さなかけらを見つけては  はめ込み  また  探し、考え、人と出会い、いろいろ教えてもらい、またはめ込み、気づき、たくさんの間違いを犯し、周りの方々に助けられ、その時起きる出来事によって 自分の心を見つめ、全体の絵を  諦めずに 描き続けてきました。

 


最近  その絵が  かなりいいところまできたような気がしています。

 


そして今あらためて大切に思うこと

それはコミュニティと対話です。

 


対話、 行動・チャレンジ、想像力、音楽、アート、仕事、仲間、コミュニティ、ユーモア…

 


どれも大切です。

 


いつか完成される一枚の大きな絵は  神様がもともと、この世界を創られた時にイメージされた大調和の状態なのかもしれません。

 


人間、自然、動植物、鉱物、星々、あらゆる存在が  調和して存在するサスティナブル(持続可能)な世界…

 


その鍵を握っているのは  私たち一人一人の意識  だと思います。

 


微生物など小さな生物の存在は  とっくに  その調和の意識を 知っている…。

 


いや  その意識で存在し続けてきた。

 


人間は  言葉という素晴らしいものを生み出し  それゆえ  分離の意識をも作り出しました。

苦難と歓喜と感動のとびきりの体験も重ねてきました。

 


今、愛の意識で調和に向かう人々が  世界中のいたるところで  新たな誕生と出会いの時を迎えているように  感じます。

 


遠い遠い記憶を  思い出し始めたかのように。

 


私たちは、それを体験するためこそ長い旅を続けてきたのかもしれません。

 


まだまだ続くこの旅の途上で  地球家族77億誰1人も取り残さず、全ての人生を豊かにし、全ての存在の魂を輝かせ  お互いがお互いを  愛を持って支え合う  「美しい星」に  していくことがこの地球という奇跡の星で  出会った 私たちの使命ではと  強く思います。

 


そして2030年に実現を目指す

SDGsをより具体的に進めるために

特定非営利活動法人 SDGs村・北海道を立ち上げました。

 


みなさま  素晴らしい週末を…。

そして  愛する人と素晴らしい対話を…。

 

写真は 今開催中の日本ハムファイターズ✖️

BRINGプロジェクトby テックサプライの模様です

 

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市民のつながりのチカラを信じて〜10年目の3.11

2年前、伊藤めぐさんを担いで

中央区で道議選をやりました

 


獲得得票数 5140票❣️

でも 残念ながら落選

 


10年前の東日本大震災で 私の人生は 確実に変わりました

 


その当時は北区でCafe  toneをやっていたなあ…

 


「つながろう!北海道」のタイトルで2年に一度 大きなイベントをCafe toneの仲間たちとやり続けることに…

 

自分たちがこの出来事を忘れないためにこそ

 


テーマは 「エネルギーと助け合いのコミュニティ」です

 


2015年、BRINGと出会いました

SDGsを知りました

カンボジアの孤児院の映画をつくりました

選挙やりました

 


10年は続けようと思ったイベントは 昨年5回目で終了

 


そして今年が 新たなスタートです

 


特定非営利活動法人SDGs村・北海道をつくりました

 


「エネルギーと助け合いのコミュニティ」がテーマ

「北海道を完全循環型社会に」が目標です

 


そして 伊藤めぐさんを象徴(シンボル)に、今度は選挙でなく、一万人の「助け合いのコミュニティ」にチャレンジします

 

 

アフターコロナの新しい世界と私たちの在り方…

 

地域循環のエネルギー、BRINGのプラント、安心・安全な食、幸せな経済、ブロックチェーン、キャリアモデル

 

「学び・楽しみ・行動するコミュニティの未来型」をみんなでつくっていけたらいいですね

 

いよいよ北海道からの発信です

 


それが 3.11とコロナを経験した

私たちの思いだから

 


地球🌏77億家族のために 私たちができること〜7世代先の子どもたちのために💕

 


それにしても このポスター

良かったよねえ…

(これで2000票は増えたと思う)

 

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1995年2月11日、友を看取った日

1995年2月11日

建国記念日

大切な友人を見送った

私42歳、友人47歳

どちらも若かったなあ…

 


1985年、南3条西3丁目の小さなビルの4Fで、ピアノバーSlow  Boatを共に始めて

ちょうど10年、彼女は病で旅立った

 


進行性の癌で 手術後約1年が

瞬く間に過ぎていった

 


私は友人のお陰で、できる限りのことを

完全燃焼するという貴い経験をさせてもらった

 


なんか そういう時って頑張れちゃうんだよなあ…

 


私が毎日「大丈夫、大丈夫!」と根拠なく言い続けて、不思議と楽しい雰囲気の中、病院で寄り添った日々

 


看護師さんたちや入院患者さんと

まるでコミュニティのように暮らした数ヶ月

私はベッドを借りて 後半の4ヶ月病院暮らをした

 


亡くなる1週間ほど前の朝

友人はこう言った

「なんだかダメなような気がする、死にたい訳じゃないけど もう身体が限界だ」

 


私はその気持ちが痛いほど良くわかった

「そうかもしれないけど 死んでも大丈夫、あの世で自由になるからね」と言うと

にっこり笑って

「本当に ありがとうね」と握手を求めてきた

 


それから この世でのお別れの乾杯をして ほんの少しの時間、楽しい会話が続いた

 


友人「お葬式とか 暗くて嫌だからSlow Boatで できないかなあ…」

私「できないことないけど 狭いんじゃない?」

友人「そんなに来るかなあ…(笑)」

 


それから1週間ほど、彼女は 病院でお世話になった人たちや 友人に感謝の言葉を伝えて

2月11日の朝、静かに旅立った

 


あれから26年の月日が経つけれど あの濃密な1年間の記憶が 今も私の心に大切な大切な宝物として消えずにあり続けている

 


5歳年上の友から 15年の付き合いで、いろいろなことを学んだ

 


・かっこつけずに自然体で人と向き合うこと(自己開示の大切さ)

・お節介でも 気になる人には寄り添い続けること

・希望を持って前へ進んでゆくための勇気と覚悟とユーモア

 


どれほど自分のものにできただろうか?

 


いや まだまだだからこそ 私は今も元気に長生きして やり残しの課題の経験を与えてもらっているのだと思う

 


建国記念日の今日は、そのことを確認する日

 


あの世で再会する時に、こちらで実現した、夢と志と面白い話をお土産にしたいなあ…

 


コロナ禍の中 入院中の方々、医療関係の方々が 出来る限り平穏な日々であるよう 今は

祈り続けるしかできないけれど…

 

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47歳で旅立った友人

 

 

 

 

1万人の助け合いの仕組みつくります

雪が降り積もる1月に…
私が大好きな詩を❣️

 

    「シジュウカラの詩」


「雪のひとひらの重さはどれくらいかな」シジュウカラが野バトに聞いた。

 

「重さなんてないよ」ハトが答えた。

 

「じゃあ、おもしろい話をしてあげる」シジュウカラが言った。

 

「モミの木の、幹に近い枝にとまっていると、雪が降りはじめた。激しくはなく、吹雪のなかにいるような感じでもない。

 

そんなのじゃなくて、傷つくことも荒々しさもない、夢のなかにいるような感じの振り方だった。

 

ほかにすることもなくて、ぼくは小枝や葉に舞い降りる雪をひとひらずつ数えた。

 

やがて、降り積もった雪の数は正確に374万1952になった。

 

そして374万1953番目の雪が枝の上に落ちたとき、きみは重さなんてないと言うけど……枝が折れた」

そう言うと、シジュウカラはどこへともなく飛んでいった。

 

ノアの時代以来その問題に関してとても詳しいハトは、今の話についてしばらく考えていたが、やがて独りつぶやいた。

 

「もしかしたら、あともう一人だけ誰かが声をあげれば、世界に平和が訪れるかもしれない」

シンクロニシティ〜未来をつくるリーダーシップ』
ジョセフ・ジャウオースキー著より

 

「もしかしたら、あともう一人だけ誰かが声をあげれば、世界に平和が訪れるかもしれない」

そして私は思う。この本で言いたいこと、私たちがしなければならないこと。

 

2011.3.11を経験した後、2013年にこの本を読んで ずっと心に残っている一節です。

 

さて どういう仕組みにするか ぜひアイデア、お知恵をお貸しくださいね💝

 

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